胡桃堂喫茶店

特集・霜月篇「メニューを開くとき」

ブレンドコーヒー

ケチャップ大宮

「えーっと、胡桃堂フレンドをひとつお願いします」
やんわりと店員は繰り返した。
「胡桃堂ブレンドですね」
「あ、いえ、胡桃堂 フレンド をお願いします」

お客さんにメニューを見せてもらうと、確かに胡桃堂"フレンド"と書かれている。
まじまじと見つめても濁点だけがきれいに消えている。
他の席のメニューも確認したが、
どうやらその席のメニューにだけ、濁点がない。
印刷ミスかしら‥。

受けたこのオーダーをどうするか
キッチンに戻ってひとしきり相談をした。
いつからあるのかわからない
「約束を守る」という張り紙が私たちを見下ろしている。

——メニューは、お客さんとの約束のひとつ。
こちら側の事情はあれど、
メニューに載せているものを簡単に切らすことはしない。
使い込まれたメニューにはお客さんとの信頼関係が宿っている。
私たちはずっと、お客さんとの約束を守ろうとしてきた。

「お待たせしました。胡桃堂フレンドです」
湯気がのぼる珈琲をゆっくりと客の目の前に差し出した。
安定したその所作、眼差し。
何ひとついつもと変わらない。
彼女がエプロンを着けていないという点を除いては。

2つめの珈琲を客の向かい側に置き
ゆっくりと腰掛ける。

「じゃあ、飲みましょうか」

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このお話にはフィクションが含まれています

ケチャップ大宮(ケチャップおおみや)

埼玉県さいたま市出身。好物はふわとろオムライス。

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