胡桃堂喫茶店

特集・卯月篇「映え」

喫茶店遊戯

ケチャップ大宮

「よおっ!おれは映えマスター!
 古今東西、千客万来!
 日本中の喫茶をコイツと旅してんだ!
 この店でいちばん映えるやつを頼むよ!」

扉を開けるなり男は
カメラを宙に掲げながらそう叫んだ。

「あいよっ!
 兄ちゃん、席はそこでも二階でも
 好きなとこ選びな!」

男が二階に上がっていくとフロアは息を呑んだ。
だが、客たちの視線は男にではなく
客席のとある女に向けられた。

「お、おまえは!」

「あらあら、映えマスターのぼうやじゃないか
 ファインダー覗きすぎて迷子かい?」

女は、プリンセス・映え。
写真に潜在する映えを最大限に引き出す加工技術において、彼女の右に出る者はいない。
役者は揃ったかに思えたが、
新たな客の来店に、店中のボルテージはさらなる高まりを見せる。

「あたしの名前は、映えレモン!
 映えマスターにやっと追いついたと思ったら‥、
 オバサンまでいるなんて聞いてないわ!」

「無礼な小娘ね!
 フレームインするからちょっとそこどきなさい!」

「オバサンはあたしでも撮ってればいいのよ!」

——「静かにせえー!!」

キッチンの奥から店主の怒号が轟いた。

静まりかえった店内に
階段をゆっくりと上ってくる店主の足音だけが響く。

乾いた大地に一粒の雨が注がれるように
店主の落ち着いた声が空気をつたう。

「‥映えるも良し、映えぬも良し。
 ここは喫茶店じゃ。
 みなで仲良く」

「ひゃー、これが胡桃堂のいちごあんみつかー!
 撮りがいがあるってもんだぜ!」

「ぼうや、なかなかいい写真撮るじゃないの
 RAWデータでもらえたら加工してあげるわ」

「ねえねえオバサン!
 扉の前で一緒に撮ってもらお!」

「お、あのオレンジの窓、映えそうだなー!
 どうやって撮ろっかなー!」

時代が文化が変わろうと
喫茶店の賑わいがやむことはない。

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このお話にはフィクションが含まれています

ケチャップ大宮(ケチャップおおみや)

埼玉県さいたま市出身。好物はふわとろオムライス。

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