「よおっ!おれは映えマスター!
古今東西、千客万来!
日本中の喫茶をコイツと旅してんだ!
この店でいちばん映えるやつを頼むよ!」
扉を開けるなり男は
カメラを宙に掲げながらそう叫んだ。
「あいよっ!
兄ちゃん、席はそこでも二階でも
好きなとこ選びな!」
男が二階に上がっていくとフロアは息を呑んだ。
だが、客たちの視線は男にではなく
客席のとある女に向けられた。
「お、おまえは!」
「あらあら、映えマスターのぼうやじゃないか
ファインダー覗きすぎて迷子かい?」
女は、プリンセス・映え。
写真に潜在する映えを最大限に引き出す加工技術において、彼女の右に出る者はいない。
役者は揃ったかに思えたが、
新たな客の来店に、店中のボルテージはさらなる高まりを見せる。
「あたしの名前は、映えレモン!
映えマスターにやっと追いついたと思ったら‥、
オバサンまでいるなんて聞いてないわ!」
「無礼な小娘ね!
フレームインするからちょっとそこどきなさい!」
「オバサンはあたしでも撮ってればいいのよ!」
——「静かにせえー!!」
キッチンの奥から店主の怒号が轟いた。
静まりかえった店内に
階段をゆっくりと上ってくる店主の足音だけが響く。
乾いた大地に一粒の雨が注がれるように
店主の落ち着いた声が空気をつたう。
「‥映えるも良し、映えぬも良し。
ここは喫茶店じゃ。
みなで仲良く」
*
「ひゃー、これが胡桃堂のいちごあんみつかー!
撮りがいがあるってもんだぜ!」
「ぼうや、なかなかいい写真撮るじゃないの
RAWデータでもらえたら加工してあげるわ」
「ねえねえオバサン!
扉の前で一緒に撮ってもらお!」
「お、あのオレンジの窓、映えそうだなー!
どうやって撮ろっかなー!」
時代が文化が変わろうと
喫茶店の賑わいがやむことはない。
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