胡桃堂喫茶店

特集・皐月篇[令和五年]好きな小説

救いをもとめて

山口吉郎

小説家Mの「ある小説」について。

Mの書く小説は「喪失」と「救済」を含んでいる。

「喪失」は色濃く描かれ、「救済」はさまざまな場面にちりばめられ内包される。「喪失」と「救済」を繰り返し描くことで、小説をメタファーに、読者は自分の内面にあるとても繊細な機微を感じ、言葉と感情が織り交ざり、小説が身体に沁みていく。

Mはある著作で小説について「大事なのは、わかったとかわからないとかじゃなくて、それが身体に沁みるかどうか」と語る。

「ある小説」も同じだ。

とても身体に沁みる小説。

しかし、ずっと違和感を感じ、ひっかかっていることがある。

とても大切なところにおいて「喪失」だけが描かれ「救済」を感じることができない。

描かれるはずの「救済」が見つからないのだ。

これでは救いがないではないか。

これまでのように、これからも私は「ある小説」を何度も何度も読み返すだろう。

とても大切なところに「救済」をもとめて。

そして、また「喪失」だけを感じ、頭をかかえるだろう。

でも信じている。

「完璧な絶望が存在しないようにね。」と語った作家の言葉を。

山口吉郎

国分寺に暮らし、本のデザインに取り組む日々。芸術を考えるとき、アルベルト・ジャコメッティを想う。

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