胡桃堂喫茶店

特集・睦月篇「最初のひとくち」

震えるひとくち

カエサザル進藤

今日は大寒だが、暑い暑い夏の日のことを思い出してほしい。

灼熱のアスファルトを歩いて、命からがら、喉もカラカラ、喫茶店に飛び込むと一も二もなくアイスコーヒーを注文する。

「かしこまりました」というスタッフの言葉とともに、氷がたっぷり入ったお冷やのグラスが置かれる。これをあなたは飲むのか。最初のひとくちが、喉を震わせるほど苦く冷たいコーヒーでなくてもいいのか。

僕はぜったいにイヤだ。水分がなくなって、もはやほとんど貼り付いてしまった喉を、なめらかな黒い液体で開きたい。ああ、このひとくちのために夏はあるのだ。

しかしこのあくまでも魅惑的なお冷やが、最初のひとくちは私になさい、と誘ってくる。

コーヒーはまだなのか。気を紛らわすようにお冷やのグラスの周りについた水滴を指で撫でたりしてみる。すると、知ってか知らずか、氷が溶けてカランと音を立てたりする。今が一番飲み頃よ、と言わんばかりだ。いや、氷は何も考えてなどいない。意味を見るのはいつでも人間の方だ。そうだ、コーヒーが来るまでの間、人間でいることをやめてしまおう。そうすればお冷やや氷は何も語らないだろう。お冷やの幻惑に捕らわれず、はじめの計画通り、冷たいコーヒーで喉を震わせるのだ! さてそうは言っても、それでは何になったら良いだろう。こうして考えを巡らせている内は、人間脱出はできていないはずだ。とにかく何かになって、それから何も考えずに、ひたすらコーヒーを待つのだ。まず、動物は除外だ。おそらく動物は、何も考えず目の前のお冷やを飲んでしまうはずだ。すると植物か・・。僕はどんな植物になったらいいのかな。実はサルビアがちょっと好きなのです。なんとなく奥ゆかしいのに、ちょっとクセのある佇まい。そういうものに私はなりたい。のかな。今スマホでちょっと検索したのですが、サルビアってセージなの!?初めて知りました。セージで思い出すのはサイモン&ガーファンクルの「スカボロー・フェア」です。あの歌は、彼らのオリジナルではないのですよね。それでも彼らのバージョンはこの世のものとは思えないほどの美しさです。ああ、いけない。こんなに色々なことを考えているようでは、いつまでも人間から離れることはできない。しかしスカボロー・フェアのイントロのアルペジオが頭を支配しています。そういえばモーツァルトを聴かせると花が綺麗になるみたいな話を聞いたことがあります。本当なのでしょうか。メタリカではだめなのでしょうか。今気づきましたが、店内にはベートーヴェンが流れている。ベートーヴェンを聴かせるとコーヒーが苦くなるという話を聞いたことがありますか?僕はありません。

 

あ、来た!

いや、あの、僕はアイスを頼んだのですが・・・

カエサザル進藤(カエサザルしんどう)

カタカナ+苗字っていうペンネームをみんな持ってて、ちょっとうらやましくなりました。だけどみんなの漢字部分は、苗字じゃなくて駅名だったことに気がつきました。そしてカタカナ部分は食品名でした。気がついたんだけど、この名前が気に入ってしまったので、そのまま使ってみることにしました。

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