他の人がどうかは知らないけれど
僕は読んだ小説の内容をほとんど覚えていない。

なんとなくの主題や、大まかな構成は覚えていても
登場人物の名前や設定、ストーリーラインすらも基本的に思い出すことができない。

代わりに憶えているのは
その本の感触あるいは質感だけで。
なので、僕が良かった本を語る時は基本的に
それらの非言語的な感覚の貯蔵を頼りに良し悪しを語る。

その前提をふまえて書きますが、
僕が好きな小説に
吉本ばななの『キッチン』というものがある。

前述の通り、本の具体的な中身についてはほとんど覚えていない。
悲しみとあたたかさと、”生きていけるかもしれない”というシャンとした感触があったような気がしている。
生きることのあたたかさと辛さとどうしようもなさと、、
そんなバイブスだった気がしている。

（本の内容を具体的に覚えている誰かに怒られそうな感想だ）

 

僕が『キッチン』を好きな最大の理由は
書き出しがいいからです。

 

「私がこの世で一番好きな場所は台所だと思う。」

 

キッチンというタイトルにあって
この序文。
しっかりやられてしまう。

この一文だけを読み直すために何度『キッチン』を開いたことだろうか。
（この箇所だけ読んで閉じる）

自宅に文庫があるけど
たまに書店の中でわざわざこの一文を確認したりすらする。

 

本を開いて
冒頭の一文を確認して
閉じる。

それだけで『キッチン』という本には意味があるし
「まぁ生きてみようか」と思える。

あたたかい物語の感触は生命力になるんだということを
『キッチン』は教えてくれたと思う。