雨が嫌いでした。
今でも、晴れの日は天気がいい、曇りや雨は天気が悪いと、ついつい言ってしまいます。それでも近頃は、雨も悪くないって思える瞬間がふえてきました。
雨の日だからこそ聴きたい音楽があるし、音や匂いの心地よさにも気づけたから。
…いつからだろう。もしかしたら、胡桃堂で働くようになってからかもしれない。
歳を重ねることのたのしみってこういうところにあるのかな、なんて思い始めています。
陰と陽、静と動、引く波と寄せる波。
どちらがいい悪いなんてことはなくて、ふたつでひとつ。どちらも私たちに必要なもの。
そう思って過ごしていると、この世界の見え方も少し変わる。そんな気がしています。
私が好きになったのは、雨の胡桃堂、午後5時。人もまばらな店内の静けさと、すりガラス越しにいつもとは違った輝きを放つ光の粒たち。そして、少しお疲れ気味のようすのお客さんの横顔。
まるで映画のワンシーンのように、はっと息をのむほどに、美しく、“映え”ています。本当はあまり人に見せたくない姿かもしれないけれど。
胡桃堂の内装が舞台装置を意識して作られているというのも、うなずけます。
人と一緒に楽しい時間を過ごすのももちろんいい。
でも個人的には、1人で抱えるには苦しい時間にこそ、喫茶店を訪れてみてほしい。そう思っています。元気な自分を装わなくていい。そのままのあなたとして。
そうして帰り道には、今日は久々に自炊しようかなとか、明日は早起きして読みたかったあの本読もうかなとか、あの人に連絡取ってみようかなとか、そんなことを思えるようになっていたなら。