胡桃堂喫茶店

特集・弥生篇[令和五年]喫茶店と花

喫茶「店と花」

魂という名の野生動物

だれもいないテーブルに わたしが すわる
いすは ふたつ
ひとつは わたし
ひとつは ななし

だれもいないテーブルに ガラスのかびんが ひとつ
からっぽの かびんは アール・デコ

「みずをいれますか」

とわれ みあげると そこに あなたがいた

「おねがいします」

あなたは もっていたピッチャーから みずを からっぽのかびんへ
わたしは もっていた いっぽんのひまわりを みずがはいったかびんへ

だれもいないテーブルが あなたとわたしに
いすは ふたつ
ひとつは わたし
ひとつは あなた
ぬいだコートを せもたれに かけた
そのひだりてに ゆびわが ひかる

ひまわりのかずは にほん さんぼん よんほんへ
はざくらが ちって かびんのひまわりが 
ごほんになろうとしたとき  
だれもいない しょくたくに わたしが すわる

いすは よっつ
ひとつは わたし
のこりは ななし

だれもいない しょくたくに ガラスのかびんが ひとつ
からっぽの かびんは アール・デコ

「ハンコ、もってきた」

こえのほうを みあげると いつも あなたがいた

「おねがいします」

わたしは もっていた かみきれを からっぽのかびんへ
あなたは もってきた ハンコを そのかみきれへ
そのひだりてに ゆびわの あと

だれもいない しょくたくが わたしとあなたに
いすは よっつ
ひとつは わたし
ひとつは あなた
のこりは ななし

「またせて、すいませんでした」

あなたは いすをひき ゆかに ひざをついた

 

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魂という名の野生動物

「ない」「足りない」という世界観だった私に、影山知明さんは「すでにある」ことを教えてくれました。探していたものは、もうあった。そのときの体験を童話風にアレンジにしたのが【思い出のケーキ】という作品です。【喫茶「店と花」】という作品は、読みかた次第でエンディングが異なります。別れの物語として読むか、出会いの物語として読むかです。これに【あかちゃんになる】を連作として読む、という余白、遊びを残しました。【喫茶「店とまち」】の舞台はブエノスアイレスで、年代は1960年代の前後です。短歌にはリアル店舗を忍ばせてあります。夜の『喫茶「店とまち」』から聞こえてくるのが【ポル・ウナ・カベッサ】です。【アフリカローズ】と【店と花】には、同じバラが使われています。【サン・イシドロ/ブエノスアイレス】と【東国分寺/東京】と【サーキュラーキー/シドニー】の3作品は、すべて違う時代です。【水を入れますか?】に注意を払うと、物語全体に奥行きが生まれます。作者にとっての【心がデカめに動いたとき】は至福です。【大きなシステムと小さなファンタジー】は氷山の一角に過ぎません。


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