ダニー・ボイル監督に『イエスタデイ』という映画がある。
「もし自分以外の誰も、ビートルズを知らない世界があったら」という作品なのだけど、その設定からして面白く、つくりも楽しく、自分のビートルズ好きも相まって、ぼくにとっての2021年ベスト映画だ(公開は2019年)。
それに通じる、発想の斬新さをもった作家に出会った。
ケチャップ大宮である。
八月の特集「グラス」中の「グラスを持参」、十一月の特集「メニューを開くとき」中の「ブレンドコーヒー」の2本に、その才能が垣間見える。
「マイ箸よろしく、マイグラスを持ち歩くおじさんがいたらどうなるか?」
「ブレンドコーヒーの『ブ』の字が、どういうわけか『フ』になっていたら?」
それらはフィクションではあるものの、まったくない話でもなさそうであり、その先の展開にもお店の姿勢の一端がよく現れている。そして「続きが読みたい」と思わされる。
おそらくダンディな紳士であろうこの「グラスおじさん」の背景が気になって仕方がないし、向かい側に腰かけた「フレンド」とのやり取りがその後どうなるかにも想像力がふくらむ。
喫茶店に流れる時間、そこで起こる出来事には、虚実ないまぜな感覚がある。一つひとつの事柄が本当のようでありながら、ウソのようでもあるという風に。自分自身、喫茶店の経営を13年間やってきて、ある日それらが「夢(フィクション)だったんです」と言われたとしても、受け入れられるようにさえ思うのだ。
胡桃堂喫茶店の「特集」欄にもその空気が流れているといいと思うから、ケチャップ大宮の活躍、さらにはそれに続くフィクション作家の登場を心待ちにしたいと思う。