喫茶店では基本的に音楽がかかっていますね。
ジャズやクラシックが多いでしょうか。おじさんがやってる店だとテレビがついていたりします。野球中継をやいやい言いながら見てるおじさんたち、少し好きです。ラジオが流れていたり意外と何も流れてなかったり。私は基本的にコーヒーが運ばれてきてからはイヤホンをして好きな曲を聴く人なので、少し申し訳ないですが店内の音楽はほとんど聴くことがありません。
ここでは私のもう一つの職場であるミロンガ・ヌォーバについて書かせてください。ミロンガは音楽喫茶の中でもタンゴを専門にした、タンゴ喫茶です。
そもそも音楽喫茶(名曲喫茶とも言います)とはなんでしょうか。
昔、1900年代は、レコードやそれを再生する機器はとても高価なものでした。だからみんなそれらを聴ける場所、喫茶店だったりバーだったり、要はゆっくりできる場所に集まって好きな音楽を聴いていたわけです。
技術の発展とともに機器が個人でも手の届くものになり、そういう場所の価値が下がっていってしまい、この文化は衰退していきました。ジャズ喫茶やクラシック喫茶など、少なくなりましたが確かに今も音楽喫茶はあります。
一つの場所に同じ目的の人が集まる。これは私がとても好きな現象の一つです。音楽のライブが好きなのは、生の歌が聴けるのはもちろんですが、この歌が、このバンドが好きな人がこんなにいる、そのためにわざわざここに集まっている、ということがなんだかとても嬉しくなるからです。
さて、ある意味で音楽喫茶とはそういう場所なのではないでしょうか。もちろん時代は変わりました。お手持ちのスマホで、一瞬で何万という世界中の曲にアクセスできます。そんな古い音楽に興味ないという人もたくさんいるでしょう。
しかし、今でもミロンガには「タンゴを聴きに」来てくださる方が多くいます。
「喫茶店に音楽を聴きに行く」ってなんだかとても素敵な響きじゃないでしょうか。
ある一枚を決まってリクエストするお客さん。スピーカー前のよく音楽が聞こえる位置に座って決まってウィンナーコーヒーを頼むお客さん。昔から足繁く通ってくださっているタンゴ好きの二人組のマダム。
お店には500枚ほどもレコードがありますが、そのなかの好きな演奏をする人のレコードをかけたら良いセンスだって言われたことがあります。
喫茶店で、その中でも音楽喫茶で働いていなければ知ることができない美しい世界を私はたまたま知ることができました。
雨の日、少ないお客さん。オレンジの光に照らされた古びた店内。木造で隙間だらけなので少し肌寒いお店です。日が傾き暗くなってきた頃、そんな時私は好きなレコードをかけます。静かで、少しもの悲しいギターサウンド。カウンターから誰も通らない狭い通りを眺める。働いていて、一番好きな時間かもしれません。この景色はこの瞬間、私だけのものです。