月替わりのテーマごとに投稿を募る
この「特集」コーナーも、
9度目のシーズンを終えました。
令和七年下半期にあった投稿の数々
あくまで個人的な視点/解釈で、振り返ってみたいと思います。
『夏はいい』。
そう言い切ってくれる人がいると、茹で上がりそうだった頭が少し冷える気がする。私含め、夏嫌いのみんなにこそぜひ読んでもらいたい。
『おはなし屋の夏休み』と、『Jupiter』。
場所は違えど、どちらにも大きな花火が打ち上がっていた。
月が綺麗だという言葉がアイラブユーになるように、何かをともに眺める瞬間には大切なきらめきが宿るみたいだ。
『映画の前説いたします』。
たしかに前説ってなくなった気がする。古畑任三郎とかさ、それはちょっと違うか。
今私が書いてるこれも解説ではなくて前説なので、ぜひどんどん記事のほうに飛んでいただいて。
『空きコマと映画』では理想の大学生活が描かれている。
映画でも本でも、何食わぬ顔で保管されてるから気をつけないと通り過ぎてしまうけれど、そこに閉じ込められてる世界ったらものすごいものだったりするものね。
この「特集」にも現時点で274本もの記事が掲載されてるから、みんな通り過ぎてしまわないように。
(これはもっとプッシュしていくべき)
宇多丸の映画評(『週刊映画時評 ムービーウォッチメン』)の中でもよく劇場の雰囲気とか話してるなあと思っていたけれど、『scene』を読んで、やっぱり劇場体験って唯一無二のものなんだって実感した。
『そんな暇はある』。
これについては彼(ケチャップ大宮)、最高傑作だ!って言ってた。
たぶんもう完全にネタ切れだから引退作になると思う。
『すりりんご』と『午後3時は自由時間』には、絵本のような朗らかな世界が広がっている。
12時に太陽は私たちの真上に上がって、びしびしとエネルギーを行き届かせてくれる。
だから空気がいちばんホカホカしてるのは15時くらいだと習った。
そんな時間にぴったりな2作品。
ここではさまざまな生活の形を見ることができた。
“若い者が年寄りの家に行く”というのが生活の知恵だったとは、
『家を出て彼と暮らす娘へ』を読んで初めて気づかされた。
個々にある生活を尊重し、連帯をなくさない工夫。
分断が進む現代でこそ大事にしたい教えだ。
そんな世相の中で『かぼちゃの種』のように
祖父母の一軒家を住み継いでいくと聞けば、なんてロマンティックなことだろうと思ってしまう。
自分たち家族の庭がある。土がある。その豊かなこと。
だが、『カメムシ取りから我が家の暮らしを考える』を読むとその先が見えてくる。
そこに見える暖簾やテーブルやふすまではなく、家に根付く"思い出"こそが、家の正体なのだと。
今はまだ、家族5人、団子みたいにみんなで動くことが多く、時に煩わしいと感じるけれど、これが今の暮らしだなと思うのです。
『内緒と幻』、『思春期娘へ、甘い紅茶を。』、と家族のお話は続く。
『アルコール入りのハーブティー』は、うちのお店での出来事をお客さんがしたためてくれたものだ。
“一杯”を提供するお店(店員)として、身が引き締まる。
そして魂という名の野生動物さんは、
年が明けてから5つのテーマそれぞれに文章を寄せてくれた。
過去の月のテーマへの投稿はいつでも歓迎しているのだが、
そういった新着投稿をおしらせをする手段をもてていない現状もあるので
お気づきでない方も多かったはずだ。
『夏』、『映画』、『午後3時』、『共に暮らす』、『忘れられない一杯』と、各テーマをタイトルに冠した続きものとして書き下ろされている。
もちろんこのテーマは私含めた企画メンバーで考えたものなのだが、
はなからそういう構成だったかのように自然な形でモチーフが取り入れられているところは見事な三題噺さながらだ。
どうして毎回こんなに細かい描写ができるのか、プロの作家なのではないかといまだに私は疑っている。
ぜひみなさま、夏、映画、午後3時、の3作をまず読んでみてほしい。
サスペンデッドな展開に引き込まれていくはずだ。
そして"忘れられない一杯"には、クルミドコーヒーや、魂という名の野生動物さんの過去作からの引用もあり、まだまだ物語は尽きない予感がある。
ちなみに私(脳内)は主人公の男に光石研をキャスティングしている。
そして佐伯は悩ましいところだが長澤まさみなら無論申し分ないだろう。
さあさあということで
令和七年下半期、いかがでしたでしょうか。
ぜひ気になるところをタップ/クリックして
これまでの「特集」を探検してみてください。
来月2月以降については、
シーズン10を始めるべく、企画メンバーでテーマを思案中です。
いつも更新が気まぐれで
申し訳ありませんが、
来る2月・如月篇もどうぞお楽しみに。