胡桃堂喫茶店

特集・文月篇「胡桃堂に来た」と感じるとき

流れる営みに気づくとき

生本香澄

日が高い時間帯に
スタッフがお店の窓を拭いたり
掃き掃除をしている姿を見るとき、
私は「胡桃堂喫茶店に来たなあ」と思います。

実はこの作業は、開店準備中や
お客さんが比較的少ない午前中に行うことが多くて
いつでも見られる光景ではないんです。
私はお昼頃に出勤することが多いのですが、
運が良ければこうした光景に出会えます。

駅からお店に向かって緩い下り坂を歩き
お店の近くに来たときに
ふいにそんな姿を見つけると、
何か忘れていたものを思い出すような
どこか懐かしい感覚になって
「ああ、胡桃堂だなあ」って思います。

あとは、お店に飾っている
お花の水を替えるときや
お手洗いや窓辺、棚の一角に
小さく切り花が飾られているのを見ると
「あ、胡桃堂だ」と思います。

窓の拭き掃除も掃き掃除も花を飾ることも、
どこのお店でもやっていることですよね。
だから別にそれを見て「胡桃堂だ」と思うのも変な話なのですが、
私にとって「胡桃堂に来たと実感するとき」はこんな瞬間です。

きっと、そんな営みを続けていることが
胡桃堂喫茶店だと感じる要素なのかもしれません。
きれいに掃かれた床も、拭かれた窓も、飾られたお花も
そのモノ自体はそんな営みを伝えないけれど、
必ずそれは行われていて、
見えないところで人の手で
きれいにお世話されている。

そんな、普段は見えない
「人の手による営み」を目の当たりにすると、
私は胡桃堂の入り口をくぐって
胡桃堂に来たなあという気分になります。

生本香澄(いくもと・かすみ)

胡桃堂喫茶店で働くスタッフ。胡桃堂喫茶店に関わる業務全般のほか、クルミド大学で「おとなの自由研究カレッジ」を運営するメンバーの一人。
あんこや豆のお菓子やお料理が好きで、お店のメニューでは「黒豆寒天」や(幻の)「甘酒豆花」がお気に入り。

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