胡桃堂喫茶店

特集・如月篇「喫茶店と本」

喫茶店と本を思っての散文。

庭野七夢

私が人生で一番好きな時間。それは「喫茶店で本を読む時間」。手入れされ、気が行き届いた空間。誰かが淹れてくれたコーヒー。そんな時間のために自分は生き延びていると言えます。
喫茶店で本を読んでいる人ってなんであんなに美しいんだろう。

ある日気が付いたんですけど、コーヒー、または喫茶店が一切出てこない小説ってほとんどない。私の趣味的にそういう話ばかり無意識に手に取っている可能性はあるけど、人はそれだけ喫茶という行為を日常的に行なっているんだなと思う。

本に文章で描かれる喫茶店が、自分が行ったことのあるお店でだいたい脳内再現できる。数少ない特技。

メニューを受け取らずにブレンドコーヒーを注文して、すぐ本を取り出して読み始めちゃうお客さんが大好き。二人で来てるのにテーブルを挟んでただ本を読む人たち。そんな時、私は背景になろうと徹する。

小説の好きなところ、全部嘘なところ。
喫茶店の好きなところ、もはやわからない。

存在しない人間の言動が私たちの心を強く動かすって、冷静になるととても不思議なことだと思う。言葉は、それ単体は真実も嘘も関係ないのかもしれない。

お気に入りの喫茶店。古書街にあるからか、本を片手に過ごしている人がとても多い。私は本を読むのも好きだけれど、本を読んでいる人を見るのも大好き。それぞれが、多くの人がこの狭い空間にいるのに、各人が今いる世界はここではないということが、なんとも不思議で面白く感じる。
あの人は今どんな世界に行っているのだろう。ふと顔をあげた時に周りを見渡してそんなことを思う。コーヒーがいつの間にか冷めていることで現実にかえってきたと感じる。ぐっと飲み干しておかわりをしよう。次はなにを飲もうか。ここは、長い時間一人で黙って本を読むことを受け入れてくれている。ひとりのためのみんなの場所だと、そう思わされる。

持ってきた本を読み終わってしまっても大丈夫。ここにはたくさんの本があるから。まだまだ知らない世界がこんなにあるってことを、並ぶ背表紙が教えてくれている。本棚って、見てるだけでなんか良い気分になってきませんか?
フィーリング第一で、ひとつ手に取ってみてはいかがでしょう。

庭野七夢(にわの・ななむ)

スタッフ。コーヒーと甘いものと猫が大好き。本当は猫になりたいけどなれないので喫茶店で働いています。低気圧に弱い。

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