数年前から喫茶店でも、本屋さんでも、スーパーマーケットでも、お会計のときに必ず店員さんと目を合わせるようにしている。それまでお財布に落としていた視線を上げて、おつりをもらうときに視線を合わせ、「ありがとうございます」と言う。
生まれてからずっと、人と目を合わせるのが苦手だ。だから向かい合って人と話すより、散歩をしながら話したり、ベンチに座って話す方が楽だと思ってしまう。
目を見るのは少し怖い。相手が自分をどう扱うのかを知るのが怖いのかもしれない。私にとって喫茶店を利用する日は、その日じっくりと考えごとをする日だったり、読み応えのある本を読もうとする日だったり、些細な日常ではあるけど特別な一日だ。だけど、店員さんが流れ作業のように勘定していたらちょっと傷ついちゃうな……なんて。そこまで感傷的ではないにせよ、臆病な心の声を拡声器で聞こえるようにしたらこんな感じかもしれない。
数年前から胡桃堂喫茶店へ月に1回ほどおじゃまさせていただくようになった。少しお話をする店員さんもいて、そんなお店は私にとって限られているからどこか安心しきっていて、気づいたときには目を見てお会計をするようになっていた。
目を合わせることは「あなたが居る」ことと「私が居る」ことを認め合う営みだと思う。店員さんからのまなざしは「あなたは今日、胡桃堂に居ました」と認めてもらうような感じがして、不思議と安らぎを覚える。そうして見ていてくださったことへの感謝を、こちらも言葉だけではなく、目を見ることで伝えた方がいいのではないか – そう思ってから胡桃堂以外のお店でもお会計のときに目を合わせるようになったのだ。
そうしたら驚いた。本屋さんも、スーパーも、コンビニも、どこの店員さんもみんな目を合わせてくれる。目を合わせるというだけで、今いる場所が心地よくて、無下にしてはいけない場所になる。相変わらず向かい合って人と話すのは緊張するけど、以前よりも確かさを得たような気がしている。