店員と話すことはあまりないが、
顔を覚えられているんだろうなとは思う。
家には妻と二人。
国際結婚をした娘ははるか異国のベネズエラだ。
勤めてきた会社は辞めていまは週の半分ほど介護施設で働いている。
ただ、休日となると行く場所がない。
だから近所にこういうところがあって助かっている。
好きなメニューというのも取り立ててないが、
季節で出てくるケーキなんかを食べることが多い。
南瓜のプリンはとくに美味くて、最近は毎回それ。
カウンターよりも大きいテーブルのほうがよく落ち着けるから好みだ。
タバコも吸うわけじゃない僕にはちょうどいい喫茶店。
その日も、適当な本を取って席で読んでいた。
*
『あの、すみません、そちらの本はお買い求めになりますか‥?』
顔を上げるとそれは店員ではなく
どうみても客だった。
そして突然声をかけられたことよりも
その女性が、一瞬娘かと見紛うほど背格好まで似ていたことに気を取られ、まごついた。
「あ‥、はい、いえ、読んでるだけです」
僕が読んでいたのがその方のお爺さんの本だというのだから
不思議なことがあるもんだ。
本をすぐに渡して彼女を見送った。
さて、次の本をなにか探しに、と席を立ち
本棚を眺めながら娘のことを考えていた。
*
明朝、電話にでた娘は元気な声をしていた。
そして驚いたことに、
ちょうど昨日こちらに郵便を送ったのだという。
時間をかけて届いた手紙には
観光地の写真とともに、元気にしてる?とだけ書かれていた。
——注文した珈琲が来た。
今から、その返事を書こうと思う。
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