胡桃堂喫茶店

特集・長月篇「お店で会うあの人」

遠き山に日は落ちて

大畑純一

「お店で会うあの人」
実はこのテーマを掲げたのは私なのですが、それは、あの人のことをどうしても書きたかったからです。

街でもよくお見かけします。
高齢の方なので、いつもゆっくり、歩いています。

 
よく来てくださるんです。
お一人でも、ご夫婦でも。

いつもご注文されるもの。
いつもお座りになるお席。

たまに違うメニューを試してくださること。
よく書店の棚に並ぶ本を手に取ってくださること。
まれにお席でうたた寝されること。

その姿に、私は、私たちは
あたたかいものを受け取っている気がします。

 
私たちのあいだでは
その方のことがよく話題になります。
多いときは毎日、ご来店くださるからというのもありますが
それ以上に話題にしたくなる魅力があるからのように思います。

私自身は、近しいスタッフと
お店の外でもその方の話をします。
昨日ね、そういえばさ、そんなふうにうれしく会話をしています。

不思議なのは、
直接その方と会話をすることはほとんどないということです。
ご来店いただいても、世間話をしていくような方ではありません。
ご注文の時にいただく「国分寺茶ください」の一言しか発されない日も多いです。
そしてお名前も存じてはいません。

だから、ということにも限りませんし
ここでお伝えできるお話にも限りがありますが、
その方とお店(の私たち)との関係を考えてみると
なんて幸福なことだろうと感じ入るのです。

 
今、こんな、お客さまとの関わりが
ひとつでもできていること。
嬉しさと感謝が込み上げてきます。
 

大畑純一(おおはた・じゅんいち)

スタッフ。チーム全体の庶務を仕事の中心としながら、たまにシフトにも入る。ホールをうまく回せているときが人生で一番楽しい。ただ、脳のメモリが十分でないためよく混乱している。

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