打ち合わせを喫茶店ですることが多いです。
多いです、というより、ほとんどが喫茶店です。それは僕が、会議室を所持しているような大きな会社との取引が少ないせいもあります。
会議室を所持しているような大きな会社との仕事の打ち合わせは、これはあくまでも僕の経験上ですが、多くの場合、仕事の話をします。なにを当たり前のことを、と思われるかもしれません。しかし、打ち合わせを喫茶店で行う、会議室を所持しているような大きな会社ではない方との打ち合わせは、これもあくまでも僕の経験の上でのことですが、多くの場合、仕事の話をほとんどしません。
いったいなにを言っているのか、と思っている方もいますね。
打ち合わせをする場所を決めるときに、相手が指定する場合と僕が選ぶ場合があります。僕が選ぶ場合、地理的な条件が許すなら、胡桃堂喫茶店を指定します。
「おすすめの何か」というのは、自分を値踏みされるリスクが伴います。「えー、あの人あんなのが好きなんだ、ちょっとがっかりー(ちょっとびっくりー)(意外とイケてるー)(もういっかなー)(さすが○○さん)」などと思われるのです。
完璧なものなど、この世には存在しません。美人を追求し続けると無個性に近づいていくなどとはよく言われることです。喫茶店にしても、すべてのマイナス要素を排除して完璧にしようとすればするほど、何の特徴もないものになっていくのでしょう。
ですから、胡桃堂を紹介するのも僕にとってはリスクがあります。大好きな胡桃堂とて「完璧な」喫茶店というわけではないのです。
いったいなにを言っているのか、と胡桃堂のスタッフも思っていますね。
僕が胡桃堂を打ち合わせ場所に選ぶのは、そこにいる相手の姿を見たいからという理由があります。
その人がどんな感性でその場を感じ取ってくれるのか。自分のお気に入りをその人が気に入ってくれるのか。値踏みのリスクを冒してまで紹介をするのは、そういう興味が勝ってしまうからです。
そういう段取りを踏んで、胡桃堂を気に入ってくれた人との打ち合わせは、80%が雑談になります。すみません、ちょっと盛ってしまいました。90%が雑談です。いわゆる「仕事の話」は早々に終わらせて、もしくは後まわしにして、あるいは後日にして、お互いに興味があることを延々話しています。
なにを言っているのかとお思いでしょうが、この文章のテーマは仕事をスピーディに回すことではありません。お店で延々と話をするあの人の言葉と渾然となったお店の風景が、僕の体を離れた僕が見る景色、と言えばわかりますでしょうか。
お店で会うあの人はお店無しでは存在できないという話です。今となっては自分でも言いたかったこととズレてきているのを感じています。しかしそんなことを気にしている場合ではない。こうして文章を打っているときでも「あの人」が胡桃堂のテーブルを挟んだ向こうにいると思って、会話をするような気分でいるのです。だから言いたいことと違っていても、口から出てしまった以上それはもう受け入れるしかない。
口から出た言葉は風景となってその場に漂うのです。あの人の言葉も僕の言葉もその時の風景です。そして、僕にとっての「あの人」と同じように、向こうのテーブルのあの人にとっての「あの人」もいて、あの人たちの言葉がたくさん漂う胡桃堂の風景のことを思うと、ああ、なんて素敵なんだと思うのですよ。
いま、僕の言葉がちょっとズレているように、あの人と僕との間や、あの人とあの人との間の、色々なところでかわされた言葉もいつもどこかがズレていて、そのズレを埋めるように新しい言葉が生まれて、でもそれもズレていて、そういう、くすぐり合ってるような胡桃堂のとくに2階の風景と「あの人」という存在は、なんてぴったりくるんでしょう。