胡桃堂喫茶店

特集・如月篇[令和六年]空想のメニュー

立春

エール963

、、,この店には一年に一度、二膳しか提供されない、特別メニューがあるらしい。しかも、それが載っているメニューブックに当たらないと、頼めないのだ。さらに、撮影は完全にNG。写そうとすると、カメラやスマホが故障してしまう。らしい。しかもよ?何を食べたか話そうとすると、顎がカクン!って、あかなくなるんだって。嘘かホントか、知らんけど。都市伝説っぽいよねー。

、、なんて雑談が、席に着くなり少し離れた後ろの方から聞こえてきた。

ふーーん。
私はいつも通り,台湾カステラと胡桃堂ブレンドがあればごきげんなんだけどね。

メニューブックをとりあえず開く。
(読み物としても面白いのだ。ここのは。)

はっとした。
なに、これ???
金色の文字で、ただ一文。

「おとなしにはるこそきたれうめひとつ」

まさか、、、。まさか、これが?
わたし、大当たり?

そっと辺りをうかがう。いつもと変わらず、さざめく店内。

 

ふと視線を感じて右を向くと、見知らぬ顔がこちらを見ている。
机の上にメニューブックを立てて、まるで小学生が教科書で何かをかくしているみたいな持ち方、、。

もしや、あなたも??

「お決まりですか?」
視線を外し、一瞬思案したように見えた彼は、指差して「これを。」と一言。
スタッフはニッコリすると、メニューを受け取った。

呆気に取られた私も、別のスタッフに声をかけられる。
「、、、、、、これを。(ああ!真似っこ!)」
やはりニッコリして、メニューブックは下げられた。

窓際で、凍りついたように座る二人。

 

「お待たせしました。」
隣席に、何かが置かれた。目の端でチラ見するのがやっと。黒塗りの小ぶりな重箱みたいな、、。
彼はゆっくりと蓋を開ける。
うわあ、、と声にならない歓喜がこちらに押し寄せてくる。

「お待たせしました。」
滑るように、眼前に赤の姫重が置かれる。添えられたお茶の緑が芳しい。
なんだろ,この感じ?
久しく忘れていた、ワクワク感。

 

そっと蓋を持ち上げる。

一瞬、梅が香った。

 

 

 

 

『音なしに 春こそ来たれ 梅一つ』
          黒柳召波

エール963

マメルリハ3歳オス。
好物は胡桃。
おおむね穏やかだが、お腹が空くと危険。

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