胡桃堂喫茶店

特集・神無月篇[令和五年]

ポル・ウナ・カベッサ

魂という名の野生動物

彼女の手をとった私に届くのは
バイオリン、チェロ、バンドネオン、ピアノ、コントラバス

ほかの客の話し声は次第に止み
小さくなって
店のフロア中央に集まる

誰かのカップがソーサーに触れたとき
私は彼女の左手を
自分の右肩に置く

バイオリン、チェロ、バンドネオン、ピアノ、コントラバス
それらが、それぞれの楽器としてではなく
今夜の景色として私に迫ってきたら
店の奥に座る年老いた夫婦をひきつけることも
できるだろう

ところどころ割れた床板は
パレットの廃材をつなぎ合わせたような
年季の入った色をしていて
重心をかければ
ぎいぎいと鳴る
なのに今夜は聞こえてこない
それは男女の滑らかな荷重移動が
床板を黙らせるからだ

拍手と音楽で体がいっぱいになり
それらが鳴り止んだとき
私の耳に届くのは
自分の汗が床板に落ちる音

魂という名の野生動物

国が変わり、時代が移っても、なぜか同じ声がする。声は水を注ぐ仕草になり、花を活ける手になり、甘いものを分け合ったり奪い合ったりする。相手と初めて会ったはずなのに、ずっと前から知っているような瞬間がある。街の喫茶店、空港、異国の大聖堂、港町の酒場、上空の機内、下町の屋敷、高台の牧場、都会の蕎麦屋、等々。それぞれの声は交わらないまま、しかし響き合い、やがて別の場所を立ち上げます。そこにいるのは、似た選択で同じような後悔を抱き、迷い、胸を熱くする、名も立場も違う人々です。その記憶をここで静かに追いかけます。

 

これは、時間を超えて繰り返される、いくつかのいのちの物語です。


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