胡桃堂喫茶店

特集・霜月篇[令和五年]喫茶店での出会い

※あとがき

魂という名の野生動物

喫茶店での【出合い】という漢字を当てるなら私は、この特集に出合ったのだと思います。特集を通じて私が味わって、思い出したのは、物語の楽しさでした。

自分で広げた物語という風呂敷を畳むには、1年間は思いのほか、短かったです。ですが、お陰で、その結び目はゆるく曖昧で、余白が生まれました。和紙に墨汁を落とし、それから広がるような余白です。これが私には楽しかった。物語を通じて、あなたが「楽しい」「面白い」と感じる何かを味わってくれたならと、そう願います。

私が書いた令和五年の上半期と下半期の作品は、1年を通して、1つの物語を描いています。月ごとに、お題があり、それにちなんだ1つのエピソードが、物語のなかから抜粋され、作品化されているイメージです。現実と、それに並行した仮想現実が、映画『マトリックス』のように入り組んでいます。以下にその全体像というか。映画でいうところの、副音声で語る監督のコメンタリー的に、物語のことを話してみたいと思います。

その前に、『※あとがき』だけしか、私の作品を見ていない、あなたへ。

令和五年の上半期と下半期の私の作品を全部、とは言いません。3つか、2つくらいは、見てもらってから、この続きを読んでもらえると、大変うれしいです。『※あとがき』だけしか私の作品を読んでいない、あなたにオススメなのは『子をくるみ 議事堂睨む 切っ先を ハートに変える我が店と花』『喫茶店での出会い』『17日間の読書休暇』あたりのタイトルです。この3つは、私の他の作品に比べて読みやすいと思います。

「ゲームは攻略本を読んでからプレイしたい派!」

そんなあなたへの願いは、気兼ねなく、この続きを読んでほしいというものです。加えて、物語の全体像に触れ、私の作品に少しでも興味を持ってくださったのなら、それは望外の幸せです。

 

ーーー✂️ーーーーー✂️ーーーーー✂️ーーーーー✂️ーーーーー✂️ーーー

 

私が書いた令和五年の上半期と下半期の物語について。

物語の舞台(場所)は3つあります。アルゼンチン、オーストラリア、日本です。時代は5つくらいあります。1940年代、1960年代、1980年代、2000年代、2020年代です。それぞれの場所、時代を生きる登場人物の視点から、そのお題ごとに作品は描かれています。次は、舞台と年代の関係性です。

作品の時系列は、胡桃堂喫茶店の特集のお題順に並んでいません。作品を物語全体の時系列順に、古いタイトルから並べると、こうです。

・思い出のケーキ(1940年代、ブエノスアイレス)
・ポル・ウナ・カベッサ(1960年代、ブエノスアイレス)
・喫茶「店とまち」(1960年代、ブエノスアイレス)
・喫茶「店と花」(1980年代、東京)
・あかちゃんになる(1980年代、東京)
・喫茶店での出会い(2000年代、シドニー)
・17日間の読書休暇(2000年代、ブリスベン)
・子をくるみ 議事堂睨む 切っ先を ハートに変える我が店と花(2000年代、東京)
・アフリカローズ(2020年代、東京)

次に視点です。

例外もありますが、基本的に1人称で、その時代の、その場所に生きる登場人物の視点で描かれています。

ひらがなの作品は、体を持って生まれてくる以前の魂や、人間の無意識視点です。たとえば『思い出のケーキ』は3、4歳児の無意識視点で書かれていて、それは『喫茶店での出会い』に出てくる不愛想なオーナーの、幼少期の体験でもあります。『喫茶「店と花」』は、女性の無意識視点で書かれていて、その女性は『あかちゃんになる』の、おとうさんをしらないおかあさん、です。『あかちゃんになる』の視点は、体を持つ前の魂視点で書かれていて、その視点は『喫茶「店と花」』の2人の物語を見ています。さらにこの魂は、物語のなかで何度か生まれ直しています。違う月の、別な作品への輪廻転生です。『ポル・ウナ・カベッサ』と『喫茶「店とまち」』は、同じ時代、同じ場所からの視点で書かれていますが、視点の人物は異なります。『ポル・ウナ・カベッサ』の視点は、『喫茶店での出会い』の、不愛想なオーナーで、『喫茶「店とまち」』の視点は『喫茶店での出会い』の、行方知れずの自分の父親です。

紹介した視点関係は一部ですが、そんな具合に、それぞれの作品が、時代と場所と登場人物(視点)を変えながら交差する物語を描きました。それ以外の細かい仕掛けを1つひとつの作品に施してありますが、それはまた、いつかの機会に。

最後は、物語の内容について。これは事実、脚色、創造の3パターンがあり、月(タイトル)ごとにパターンが違います。退行催眠によって、生まれる以前の記憶(過去生)に触れる人がいますが、物語全体は、ある人物が退行催眠によって見た、過去生から現在までの人生の1部を物語化したようなイメージです。そしてある人物とは…

 

複数の魂が、互いに影響を及ぼしながら生まれ直していくような、そんな物語を1年かけて制作しました。

魂という名の野生動物

「ない」「足りない」という世界観だった私に、影山知明さんは「すでにある」ことを教えてくれました。探していたものは、もうあった。そのときの体験を童話風にアレンジにしたのが[思い出のケーキ]という作品です。[喫茶「店と花」]という作品は、読み方次第でエンディングが異なります。別れの物語として読むと離婚届が、出会いの物語として読むと婚姻届が待っている物語です。これに[あかちゃんになる]を連作として読むという余白、遊びを残しました。[喫茶「店とまち」]の舞台はブエノスアイレスで、年代は1960年代前後です。短歌にはリアル店舗を忍ばせてあります。夜の『喫茶「店とまち」』から聞こえてくるのが[ポル・ウナ・カベッサ]です。