胡桃堂喫茶店

特集・皐月篇[令和六年]神社と喫茶店

神社と喫茶店 〜太宰府天満宮のおはなし〜

大畑純一

西国分寺・クルミドコーヒーの外周には
毎年とんでもない量の落ち葉が降る。

二年前、私がちょうど箒で掃いていたところに通りがかったおばさまが、あなたのところの落ち葉でみんな困ってるのよと優しく教えてくださった。例年掃除をしてこなかったわけではないが、全く十分でなかったと反省した。

たかだか木が数本植っていてこの様子となれば、
神社は一体どれだけ大変なのだろう。
そういった行為自体に、修行、お清めやお祈りといった意味があるのかもしれないが、場を清浄に保とうとする営みは並大抵のことではないはずだ。

——先日あるポッドキャスト(*1)で、太宰府天満宮(以下、天満宮)、第40代宮司・西高辻信宏さん(*2)のお話を聴いた。そのお話をもとに、神社について、さらには喫茶店について考えてみようと思う。

お話のなかでまず驚いたのは、
紡いできた歴史に基づくその長大な時間感覚。
平安時代・919年の創建から1105年‥
1105年そこにあり続けているのだ!

ここまで桁違いだと、そういう特別なものなのだと帰納的に解釈してしまいそうになるがそう(それだけ)ではない。多くの人間の努力、残そうとする意志が注がれ続けてきたからこそであるという側面は間違いなくある。

源平の時代も、戦国において複数の大名に囲まれていた時代も、どちらが勝っても神社は存続していけるようにと家ごとに分かれてそれぞれの権力者に従った。明治に入り、地域の財産として開かれた神社をめざして構想した博物館誘致は難航する。念願叶って九州国立博物館が2005年に開館するまでになんと、西高辻家4代、120年を要した。ただそよ風にあたって経過した千年ではない、幾多の波を乗り越え辿りついた千年がこの場所には敷かれている。そんな天満宮を未来へ守り継ごうとする西高辻さんからは「50年、100年先に向けて」という言葉が度々発せられる。願望由来のイメージとしてではない、リアリティのある見通しとしてその数字は語られるのだ。

道真公の御墓所の上に建てられている天満宮はまさに、
その場所からは動きようがない。
「動けない」という制約は
神社の方向性に大きく関わっているだろう。

まず、地域を大事にしなければいけない。天満宮の駐車場はあえて離れたところに設けられている。参拝客はちょうど国分寺駅から胡桃堂喫茶店くらいの距離を歩かなくてはならないのだが、参道には約90軒のお店が連なっており、その動線が神社に閉じない経済圏を作り出している。まわりを生かすことで、まわりに生かされるという循環は存続のための戦略というよりも、「そういったものこそが生き残る」というほうが正しい理解なのかもしれない。生かされた神社は日々こつこつと、木造の建物、境内の草木に手を入れ続ける。そうすることでずっと変わらないように見える場所をつくる。地元で、幼少期から天満宮に親しんできたようなご年配の方にとって、変わることのないその景色はどれほど価値があるものに映るのだろう。

土地に根ざすとなると必然的に、自然、季節、ひいては(日本)文化を大切にするということに繋がる。天満宮では、季節に応じて御簾(みす)やおみくじなどの色を変えている。おみくじに至っては11色あるそうで、その時々の空気にあった色彩が一面に結ばれていく。だがそれは私たちを楽しませてくれる粋な計らいに過ぎず、季節を雄弁に語る真打は、天満宮が擁する木々や草花に他ならないだろう。

天満宮に春が訪れると
樹齢1500年の樟(くすのき)が葉を落とし
境内6000本の梅が咲く。
道真公が愛した梅は、天満宮にとって特別なシンボルである。

太宰府天満宮幼稚園はなんと境内にあり、御本殿の門が見える園庭で子どもたちは遊ぶ。天満宮は福岡の和菓子屋さん、お茶屋さんと協力し、年長組には和菓子学習を、年中組には日本茶学習を行なっている。季節や行事と結びついた文化が、楽しい体験を通じて子どもや家庭に浸透していく取り組みはとても意義深い。

周囲の自然や人、文化を生かし、生かされ、
長い年月をかけて本分を全うすることで
その場所に見えない力が宿り、たくさんの人を癒し、励ます場所となる。

毎日、場を清浄にととのえ、祈りを捧げること。
それが天満宮、ひいては神社の核心であるならば、
喫茶店にとってそれはなんだろう?

それは、お客さんを待つこと、ようこそいらっしゃいました、こんにちはとお迎えすることではないかと私は今思いついた。(ほかに思いついたことがあればぜひ教えてください)

もちろん神社と喫茶店では公共性や立場が全く違う。その上で私は両者に共通点があるのではないかと本テーマを選んだ。だが、ちょっとだけだがこうして考えてきてみたところ(そもそも根本的に不勉強ではあるのだが)、私が共通点だと勘違いしていたのは、憧れであり、めざすべきところであった。とくに胡桃堂喫茶店が開店当初思い描いた像(*3)が、神社では体現されていることを知った。

神社のような喫茶店はきっと作れないだろう。
だが、少しでも近づきたいと思う。

 

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*1:コテンラジオ|千年の継承 〜変わる時代と変わらぬ信仰〜【番外編 #98,#99,#100】
*2:西高辻信宏(にしたかつじ・のぶひろ)さん。分家を経て名字は変わっているが、太宰府天満宮の御祭神・菅原道真公のご子孫であられる方。
*3:当サイト内、「お店のこと」というページの中ほど、「7つのテーマ」に残されています。

以下、上記コテンラジオのほかに参考にさせていただいた主な記事/サイトです。
・太宰府天満宮公式サイト
 https://www.dazaifutenmangu.or.jp/
・XD|生活に根付いてこそ、文化は残っていく。“祈りの場”である太宰府天満宮が地域と歩んだ1100年とその先
 https://exp-d.com/interview/12082/
・FACTELIER|太宰府天満宮の西高辻󠄀さんに聞く、アートとまちづくりについて
 https://factelier.com/story/vol27/

大畑純一(おおはた・じゅんいち)

スタッフ。チーム全体の庶務的なサポートを行う。普段お店に立つことはないが、週末はネコとして洗い場に入る。ネコという呼び方は、ネコの手も借りたい、に由来する業界用語として近年定着しつつある。

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