足下に異人がふたり、立っている。
布団に仰向けのまま、金縛り。
嗚呼とうとう狂ったのか。
恐怖の
右にはスヤスヤと眠る
赤子を挟んで夫がいる。はず。
右手を必死で伸ばす。助ケテ!!
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ミスチル初のスタジアムツアー
STADIUM TOUR Hounen Mansaku 夏祭り1995 空(ku:)
1995年8月、西武球場アリーナ席。
急用で来れない友人の代わりに、妹から誘われた。
夕暮れをバックに、大音量で開幕。
知らない曲ばっか。困った。この場にいるのが正直とても辛い。
横を見れば大盛り上がりな妹。
前を見ると、そっと手を繋ぎ合う10代くらいの男子達。目が釘付け。
歌に合わせて、球場がどよめく。
一体どの位の人が今、ここにいるんだろ?左脚を軸に、くるりと回る。
熱狂、熱狂、大熱狂!!
歓喜の
それにしても。
こんなにも大勢の心を掴むって、
ましてや自分たちの表現を、こんな大掛かりにやれるなんて、、、。
耳を塞ぎながら、妙なものが湧いてくる。
なんだろ,これ。
何とも度し
群衆の
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「ミスチルに嫉妬したなんて、いたちゃんくらいだよーw。」
初めて聞いたわ、そんな人。久々に会った友人は、笑う。そっか、あれは嫉妬か。
彼女は言った。
「そう感じる人はね、世に出すべきなんだよ。どんどん表現しないと。」
嘆息しながら珈琲を飲む。病弱で人並みに勤めらんなかった、現専業主婦&育児でへろへろの私に、何をしろと?
「それはあなたがみつけること。」
にっこり。高校の頃から変わらない極上スマイルで、優しく突き放す。
大きくため息。だよねー?
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「あの時、あなたほんとに見えたの?」
金縛りの翌朝、夫に聞いてみる。久々にゆっくり眠った(いや、正確には気絶だが)。歩き出した息子は、一時も目が離せない。あやしながら彼は言う。
「ううん、見てないよ。」
え?!
「だってあなた、私が『あそこに老人と若い女性がっ!!』って言った時、うんうんそうだね、って!!」
うん。顔だけこちらに向ける夫。
「僕には見えないけど,あなたには見えてるんだろうなーって。」
パニックになってたから、とりあえず落ち着かせようと思ってね。
ああ、、、。
心遣いには感謝。がっくりする。
見えてなかったんだ。
あんなにはっきり、声まで聞いてしまったというのに。
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それは、友人に言えなかった出来事。
あの夜はコンサートの衝撃で、なかなか寝つけなかった。こちらの意思と関係なく、脳内自動再生が続く。
ようやくウトウトしかけた時、それは来た。
キィーーーーーンッという激しい耳鳴り。やばい。かなり久々の金縛りだ。これだけ昼間のインパクトがあったら、まぁしゃあないか。諦めたその時、足下に異人がふたり立っていた。おいっ、いつ来た?!
寝室の常夜灯の中、彼らは内側から光っていた。
幻影というには、あまりの存在感。発光している以外は、何ら実存を疑う余地がない。それ程リアル。
とうとう私の脳は、これ程の幻覚を創造しうる域に達したのか、、。
狂った。にしてはかなり自意識がはっきり。こんなことを一瞬考えつつ、恐怖で凍りつく。
突然、老賢者の声が聞こえた。
パニック全開。
(助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ)
声にならない声で、とにかく夫を呼ぶ。
そんな私を
「自分のやりたいことをやりなさい。」
隣の乙女が言葉を続ける。
「自分の生まれてきた意味を知りなさい。」
両人はなおも、歌うように囁く。
、、もう、無理。限界。
必死に右手で畳をバンバンする。
気づいた夫が私を呼ぶ。
「あそこっ!あそこに老人と若い女性がっ!!」
彼らはまだいた。
夫が私の手を握る。
前触れもなく、ふたりは消えた。
私の意識も、ぷつと途切れた。
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ああ、思い出した。あれは。
確か高校の図書室で偶然手にした本にあった。
夢も希望も、生きることもとうに手放した
、、すっかり忘れていたけれど。
「汝の欲することを成せ。」
本を胸に、嗚咽した幼い自分。
今再び、耳にするとは。
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深く深く沈んでいたものが、ゴポリと息を吹き返す。
それは、一体、、、。
キッチンを照らす、
遊ぶ父子をぼんやり眺める。
解は、30年後に具現する。