胡桃堂喫茶店

特集・如月篇[令和七年]喫茶店

学校帰り

ユキコ

「ねー!!ばあちゃーん!いるー?」
「ゆきかや?」
「ただいまー。」

台所に立つ祖母の後ろ姿を確認して駆け上がった。

自宅は、祖母の家を通り過ぎた先にある。学校帰り、私はよく祖母の家に立ち寄っていた。ランドセルを玄関に投げ出して、靴を脱ぎ散らかす。隅々まで光っている廊下はよく滑り、靴下を履いているとスルスルと滑らかに走れる。この瞬間、祖母の家に来たことを強く実感する。

「お腹すいたー。なんか食べたい。」
「今リンゴむいてやるから。コタツ入ってな。」
「その前に手洗って!」

「今日も疲れたー。」
「今日はバレエのレッスンはないの?」
「水曜日だからないよ。」
「そうかそうか、今日は水曜日か。」

夕方の情報番組を眺めながら、ただ適当に返事をした。

 

縁側のある窓辺は、西日がよく当たる。日が温めた床に頬を付けて、よくうたたねもした。庭に面した道の方から、車の往来の音が聞こえる。向かい側にある肉屋に、近所の人が買い物に来たついでに話し込んでいる。

気づくと陽だまりのようだった床はひんやりしていた。

「ほれ!ゆき!もう帰んな。」
「んー。」
「今度ゆきの好きなおいなりさん、ばあちゃん作っといてやるから。」
「わかったー。んじゃー帰るねー。」

 

 

 

訳あって、叔父が一人で暮らしているその家の前を、私は車で通り過ぎる。

塀の上から少しだけ見えるあの窓際は、今日も灯りがついていない。

対向車のライトに目を窄めながら、私はアクセルを踏み直した。

ユキコ

編集者、アンティークショップ店主。
東京 西多摩地区に暮らす。


「暮らして働く」国分寺のひとびとに魅せられて、国分寺移住を計画中。手作りのパンやお菓子をみんなに食べてもらう日々を過ごしたい。編み物もすき。


Instagramアカウント:@yukikoamano