「ねー!!ばあちゃーん!いるー?」
「ゆきかや?」
「ただいまー。」
台所に立つ祖母の後ろ姿を確認して駆け上がった。
自宅は、祖母の家を通り過ぎた先にある。学校帰り、私はよく祖母の家に立ち寄っていた。ランドセルを玄関に投げ出して、靴を脱ぎ散らかす。隅々まで光っている廊下はよく滑り、靴下を履いているとスルスルと滑らかに走れる。この瞬間、祖母の家に来たことを強く実感する。
「お腹すいたー。なんか食べたい。」
「今リンゴむいてやるから。コタツ入ってな。」
「その前に手洗って!」
「今日も疲れたー。」
「今日はバレエのレッスンはないの?」
「水曜日だからないよ。」
「そうかそうか、今日は水曜日か。」
夕方の情報番組を眺めながら、ただ適当に返事をした。
縁側のある窓辺は、西日がよく当たる。日が温めた床に頬を付けて、よくうたたねもした。庭に面した道の方から、車の往来の音が聞こえる。向かい側にある肉屋に、近所の人が買い物に来たついでに話し込んでいる。
気づくと陽だまりのようだった床はひんやりしていた。
「ほれ!ゆき!もう帰んな。」
「んー。」
「今度ゆきの好きなおいなりさん、ばあちゃん作っといてやるから。」
「わかったー。んじゃー帰るねー。」
訳あって、叔父が一人で暮らしているその家の前を、私は車で通り過ぎる。
塀の上から少しだけ見えるあの窓際は、今日も灯りがついていない。
対向車のライトに目を窄めながら、私はアクセルを踏み直した。