若い頃、「談話室滝沢」という喫茶店があった。
調べてみると新宿の他、池袋、お茶の水に4店舗あったらしい。
当時、カフェに行くことはあっても喫茶店にはあまり行ったことがなかった。
ましてや、ルノアールのようにビジネスマンが商談のようなイメージの喫茶店には、一度も足を踏み入れたことはなかった。
そんなある日、滝沢に行ってみようか!ということになった。
なぜかと言うと、全店閉店が発表されたからだ。
閉店理由は「従業員の質が保てなくなったから」だという。
喫茶店に行き慣れていなかったわたしは
喫茶店て高級旅館のように厳しい世界なのだと思いつつ、そんな世界観を味わってみたくなった。
次の休み、早速友達と訪れた。
昭和の雰囲気を残す店内には、仕切りで区切られたテーブル席がたくさん。日本庭園にあるような石造りの池もあったと思う。
想像通り、お客さんは商談中のビジネスマンばかり。
友達と2人、2名がけの席に通された。
コーヒーをはじめ、ドリンクはだいたい1,000円くらい。高い印象もあるが、ある時間までは、おかわりが1杯無料になるらしい。
ウエイトレスさん、わたしより若そうなのに、言葉遣いもしぐさもとても丁寧だ。
周りをキョロキョロしながら珈琲を頼む。
それから2〜3時間他愛もない話をし、店を出るときにはすっかり虜になっていた。
お店の雰囲気もさることながら
ずっとそっとしておいてもらえることが居心地良かったのだと思う。
こんなに気になるのに間もなく閉店してしまう。来月には、もう行きたくても行かれないのだ。
ほかの店舗も気になり、次の休みにも行ってみることにした。
閉店当日は
用事があって行くことができなかったが
閉店を見届けた友達から、店内の様子を聞き、
当日いた全員に配られたというカップ&ソーサーを分けてもらった。
その後、同じ場所にカフェが入った。
ちょっと期待をしながら行ってみた。
綺麗な店内に同じような価格帯なのにとってもお洒落なコーヒー。
美味しいけれど、何か違う。
なんだかモヤモヤしながらそのカフェを後にした。
もう滝沢は本当になくなったのだ。
滝沢が閉店して今月末で20年。
いまでもあの空間がどこかにあるんじゃないか。
入っていたビルの前を通るたび、お店のあった階の窓辺を見上げてみる。
いつかまた、あの異世界に迷い込めたら。