胡桃堂喫茶店

特集・皐月篇[令和七年]心がデカめに動いたとき

やがて、心がデカく動くそのときに向けて

影山知明

ダイエットには何度となく失敗してきた。
年を重ねるとやせにくくなるから40代のうちにとか、モテたいからとか、自分の映った動画を見て、そのたるんだおなかが見るに堪えなくてとか、きっかけは無数にあって、そのたびに挑戦を繰り返してきたものの、成功したことは一度もなかった。
それが今、自分でも驚くくらいにダイエットに成功している。

記録し続けている体重は、ここ25年くらい見たことのない数値域に突入していて、もはや体重計に乗るのが楽しみになってきた。おなかの辺り、両脇にはえくぼができるようになってきて、そこには「腹筋」という輝かしいそれが存在していたことを、しばらくすっかり忘れ去られていたそれを、ビジュアルに思い出させてくれるようにもなった。
直接的には、定期的な運動、食事、ピラティスがそれらをもたらしてくれたのだけど、自身をそれらへと駆り立て、忙しいときでも、疲れているときでも、続けさせてきた大いなる原動力は、悔しさだった。

2年前から、サッカーを再開した。

ぼくは中学、高校とサッカー部だった。強豪校とかそういうんではまったくなかったけど、当時のことを思い返すと、自分の日々にサッカーの占める割合は大きく、それなりに打ち込んでいたと言っていいだろうと思う。高校卒業後は、部活としては続けなかったけど、まちの草サッカーチームに所属したり、会社のフットサルチームをこじんまり立ち上げたりと、ぽつぽつ続けはした。やっぱり、サッカーをすることは好きだったから。これまでに経験したあらゆるスポーツ種目の中で、一番に。
ただそれらも、メンバーが年を重ねていくうちやがて開催されなくなってしまい、以降は2~3か月に一度、まちの仲間でフットサルをやるかどうかというくらいの状況になってしまった。

それが、49歳の冬、古くからの友人に声をかけてもらったことで、サッカーを再開することになる。
世田谷をベースに活動している、ベリーニFCというチーム。そこには50歳以上というチームカテゴリーが存在して、50歳になる年から出場可能ということだったから、始めるにはうってつけのタイミングだったのだ。
流れで、世田谷区リーグ(1部)、東京都リーグ(2部)両方に、自分もエントリーさせてもらうことにした。
「50歳になる年から」ということは、自分はカテゴリー内で最年少になるのであり、それなりの経験者でもあるからなんとかなるんじゃないかと高をくくっていたが…、甘かった。その年になるまでサッカーを続け、好んでリーグに出場しようとしたりする人間とは、すなわちガチなのである。しかもこの25年で、サッカーという種目のありようも大きく変わっていた。とにかくハードコンタクトでガツガツいく。ゆったりボールを持って、スペースがあってというような状況はもはやほとんどない。そんなコートに放り込まれて、自分はといえば、まず苦しくて走れない。25分ハーフだなんてとんでもない。サッカーをする以前の問題。そんな中、ちょこちょこ器用なことをやろうとすればすぐに体を当てられ、刈られる。活躍できないどころか、まったくもって楽しめず、足じゅうの太い筋肉という筋肉は肉離れをした。

2シーズンが過ぎた。
当初は、若さもあり、それなりに期待をしてもらっているのを感じてもいたのに、今となってはすっかり。新しいシーズンが始まるたび、下から年下のメンバーが加入してくることもあって、スタメンで出場できる機会も限られるようになった。そして2シーズン、公式戦で1点も取れなかった。自分はもともと攻撃寄りの選手で、得点を決めることへのこだわりや執着心は人一倍あって、実際これまでは、出る試合出る試合でそれなりの結果を出してきてもいたのだけど、ベリーニではさっぱり。ついにはポジションも、守備寄りのそれが当てがわれるようになってしまった。

悔しかった。
肉体改造に取り組むことにしたのはそうした理由からだった。

人のモチベーションにはいくつもの種類があって、楽しいとか幸せとか感謝とか、そういうポジティブなのが健全なようにも思う。
でもそうした動機は力強さには欠け、やせたらいいことありそうだと分かってはいるのに、目先のラーメンやポテトチップスにはかなわなかったりする。
それと比べると、悔しさとか怒りとか憎しみとか、どっちかというネガティブなそれらの力は強大だ。アナキン・スカイウォーカーをダースベイダーにしてしまうくらいに強大だ。
ぼくは今、特に公式戦1週間前ともなると、めちゃめちゃストイックになる。どれくらいストイックかというと、マクドナルドで食べるのはチキンマックナゲットだけになったし、カレーハウスCoCO壱番屋では、ライスをカリフラワーに替えてしまう。カレーライスではなく、カレーカリフラワーだ。ジョギングの総走行距離は4か月で去年のそれを超え、ピラティスには4か月で32回通った。

おかげで新シーズン、これまでになく走れるようになったのを感じている。当たり負けもしづらくなった。肉離れもしなくなった。ようやく技術とかプレーの質とか戦術とかにも意識を向けられるようになった。やっと、サッカーをやっているという実感が持てるようになった。
ただ、まだ点を決められてはいない。若く上手なメンバーに押し出される形で、出場時間も短いままだ。

まずは1点。
きつい上り坂を走っているときも、カリフラワーを食べているときも、その思いが消えることはない。
切望し、切望しすぎて夢にまで出るようになった、公式戦での1点。
その1点を決められたとき、そのときこそ、デカくデカく心が動くだろう。

明日も、東京都リーグ(2部)FCトリプレッタ戦だ。
こんちくしょう。

影山知明(かげやま・ともあき)

胡桃堂喫茶店 店主。お店には、毎週だいたい土曜か日曜にシフトに入る。でもできることが少なくて、他のスタッフには迷惑がられることが多い。でもやめない。好きな言葉は、「ゆっくり、いそげ」。50年続くお店づくりを目指している。
Twitterアカウント:@tkage


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