胡桃堂喫茶店

特集・師走篇[令和七年]忘れられない1杯

思春期娘へ、甘い紅茶を。

きときと

私の忘れられない一杯は温かいアップルレモンティーです。

 

その日、娘は吹奏楽の本番を終え、帰宅しました。多くの団体が出演する舞台で、早朝からリハーサルやら練習やら出番やら、忙しくして帰宅。お風呂に入り、夕飯も食べてフッと一息。

「何か温かいものが飲みたいな」
「何にする?」と聞くと「紅茶がいいな」と。

ほぉ、大人だな。とからかいながら、紅茶にリンゴとレモンで漬けてあったシロップを三分の一ほど入れました。あまーい紅茶です。

「母ちゃん、これ美味しいね、うんうん」と満足気。
「セクションリーダーはね・・・」「今日の練習がね・・・」「私は今度レモネード作ってみたいな・・・」としきりに話しかけてくる。

私は、スマホをポチポチしながら「そうだね」「へー」と相槌をうつ。

「ごちそうさまー」気づけば、娘は隣の部屋へ。

 

あれ?私なんでスマホしながら聞いちゃったんだろう。せっかく二人の時間がとれたのに。もっとちゃんと聞いてあげればよかった。

どうやら私の中にあるのは、困惑なのです。

娘の成長についていけない。吹奏楽の本番では、黒い服。正装した娘は大人びていて他の子にまぎれて分からない。どこかの他人の子を見ているような気分。お風呂も一人で入るようになり、食事はさっさと食べ、きちんと洗い物もします。リンゴをむいて家族にふるまい、妹が泣けば面倒を見てくれます。ちゃんと思春期らしくイライラする姿も見られます。

成長度合いが、完璧すぎる。

「思春期の子供は難しい。」私はこれまで教育相談でお母さんたちにこう話してきました。でも、本当は成長する子供に親がついていけないのではないかと気づきました。今までは家の中で「かわいい、かわいい」としていればよかった子が、外に居場所を作っていく。こちらが手を焼かなくても自分のことは自分でできるようになる。この成長に私はついていけず、なんとなく向き合えないようになっているのでは。

 

 

娘よ。せめて甘い紅茶を喜んでくれ。

母ちゃんはなんかこう、あなたを見てムズムズするのだ。もっと甘えてほしいようで、成長してほしいようで、不必要に距離をとってしまう。

もし、あなたがストレートを飲めるようになっても、私はシロップを入れよう。これは、母ちゃんのあなたの成長へのエールの一杯だから。

きときと

胡桃堂喫茶店で働きながら、学校で授業をしたり、自宅で子供や大人の話を聞いたりしている。ここ最近は「文体」という言葉を探究している。


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