高校生のわたしは、ある日、ひとりの少女に出会った。彼女に大きく揺すられ、決して元通りになることはなかった。彼女はナウシカという。理不尽な仕打ちに怒りを剥き出しにし、周囲のひとにあたたかな風をおくる。彼女が惜しみなく与えることばとおこないは、熱伝導のようにわたしの中になにかを広げていった。だれにも侵されることのない、美しく、良い香りのする庭を手に入れたような心地がした。
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ふとまわりを見ると、分厚い地図を手にテキパキと確かな足取りのひとたちがいる。彼らはとてもまじめな顔をしていた。たくさんの荷物をリヤカーに乗せて運んでいるひともいた。すごく重そう。特急列車に乗り込んだ彼らは、すでに姿が見えなくなっていた。わたしの目の前には鈍行列車が止まっている。特に行く当てもなかったし、急いでもいなかったから、ひとまず乗ることにした。しばらくすると、夜になった。でもほんとうは夜ではなくて、電車がトンネルの中を走っているということに、少ししてから気づいた。
わたしの乗った鈍行列車は、いつまでもトンネルの中を走っている。永遠に走っている。朝を知らせる日の光も、ここには届かない。夜みたいな窓の外の景色は、トンネルのコンクリートの色であることに気づいた。
コンクリートの夜の中を何日走っただろう。窓の外に広がるトンネルの壁をただぼんやりと眺めていた。すると、ひとりの男性がわたしの席のそばに立っていることに気がついた。その男性は、「トンネルの出口はもうすぐです。」とだけ言った。そのひとの目は、銀河の色をしていた。わたしが返事をする前に、歩きだした男性は、ふと立ち止まり、「あ、それから。あなたのそのお庭、とても美しいですね。」と付け加えて立ち去った。その時、風にそよぐ草花の音色がたしかに聞こえた。
その人がいったとおり、ほんとうにトンネルを抜けた。そこは、厳密には正午を過ぎていたけれど、あたらしい朝のような空をしていた。
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トンネルを抜けたことがうれしくて、停車した駅ですぐに列車を降りた。ここは、それなりに人通りも多いけれど、緑の住人たちも生き生きとしていることが感じられる。風が運ぶ空気に、草花の甘く、爽やかな香りが溶けている。いつの間にかそばに、銀河色の瞳を持つ男性が立っていた。そのひとは「よく来たね。」とだけわたしに告げると、またどこかへ消えてしまった。
「おーい、ユキちゃーん!」
どこかでわたしの名を呼ぶ声がする。名前の呼び方にすこし慣れていない感じがするけれど、どこかで聞いたことのある声のような気もする。声をたよりに歩き出すと、線路を渡った先に澄んだ水が流れるちいさな小川があった。小川に沿って、ポピーが風に揺れ、やさしく咲いている。わたしは再び歩きだした。ポピーにみちびかれながら、声のするほうへ。