胡桃堂喫茶店

特集・水無月篇[令和七年]ファンタジー

ぼくらは物語を食べて生きている

影山知明

ねこは、クルミドの森のずっとずっと北の方
とても寒い森の中に住んでいました。
でも、ねこは寒いのが大好き。
だって、自分の家を氷でつくってしまうくらいですから。

ねこは、氷でできた家の屋根を通して見える
キラキラ光る、夜の星空を愛していました。

そして、その星空を見上げるたび
かつて出会った働きもののねずみたちのことを
思い出すのです。

ねこはある日、勇気を出して
自分の永らく住みなれた森をはなれ
ねずみたちの待つ、クルミドの森を目指すことにしました。

それはそれは、途方もない決意でした。
無事にたどりつける保証は、どこにもありません。

でもそれくらい、
ねこは、ねずみたちに会いたかったのです。

ねこは、愛用のそりに氷をのせて
南に向かい、歩き始めました…。

── 「雪と星と森のあと」2010.7.19 ─ 7.30
   文章:すぎた れいこ

それはつまり、お店でかき氷をやるということだったのですけど。
開店して、まもなく2年という頃。

「クルミドの森」は温帯にあるから、どうしよう、氷がないねと。
そこで、「北の寒い森から、ソリにのせて、氷を運んできてくれるねこ」がいたらどうだろうというアイデアが出てきました。

仲間たちと話していると想像はどんどんふくらみ、その、ねこの旅してくる道程が写真で展示されていたらいいね。音楽だって特別なものがありそうだねと、気が付けば「お店すべてを使ってひとつの物語を表現する試み」──「雪と星と森のあと」となっていったのです。
それはつまり、お店でかき氷をやるということだったのですけど。

(当時のブログ記事:「ねこのかき氷屋さん」)

そうして食べるかき氷は、やっぱりおいしいわけです。
そして、おいしいだけでなく、楽しい。

物語は完結せず、断片的なものです。ぼくらが普段、多くの場合、世界をそう認識しているように。でもだからこそ、そこに語られなかった物語を、その先に紡がれてもおかしくなさそうな物語を、受け手が勝手に、創造的に想像することができる。
もちろん誰かが完成させた物語に、身を浸すよろこびや安心感もあるでしょう。人はその過程で、鼓舞をされることもあるし、癒されることもある。そうした物語の力へのリスペクトは忘れないとしても、でも誰しも最後は、自分自身の物語を生きなければいけないのですよね。出だしの文章は、そのカタパルトみたいなもので、その先はいかなる方向へも開かれている。

ぼくら(クルミドコーヒー)は、分かりやすく、そうしたお店のような気がします。

「雪と星と森のあと」は15年も前の出来事ですけど、今日もまた別の物語が語られ始めていますよ。
その続き、是非一緒に、でもそれぞれに、見に行きましょう。

<その他の語られかけた物語たち>
クルミドとワギリド 2009.8.9
クルミドケーキが花形なわけ。 2009.8.20
トマト王子とイマダ=マシロヒ 2019.6.29
みかん村の物語 2020.3.9

影山知明(かげやま・ともあき)

胡桃堂喫茶店 店主。お店には、毎週だいたい土曜か日曜にシフトに入る。でもできることが少なくて、他のスタッフには迷惑がられることが多い。でもやめない。好きな言葉は、「ゆっくり、いそげ」。50年続くお店づくりを目指している。
Twitterアカウント:@tkage


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