胡桃堂喫茶店

特集・水無月篇[令和七年]ファンタジー

シミ

カエサザル進藤

いつものように自室の机で書きものをしていると、ノートの端に黒っぽいシミがあるのに気付いた。

コーヒーでも飛んだのだろうとはじめは気にしなかったけど、次にふと見ると位置が変わってるような気がした。罫線の2段目にあったと思ったのに、4段目にある。

きっと見間違いなのだろうけど、何となく気になったので、持っていた鉛筆でそのシミのまわりに囲いを書いた。そうしてまた書きものに向かった。

少し経って見ると、シミが困っていた。囲いから出られないみたい。

仕方がないので、囲いの一部を消しゴムで消して出口を作ってやった。

コーヒーを入れ直そうと思ってキッチンで湯を沸かして戻ってくると、シミは囲いの外に出ていた。

やっぱり動いてる。
どうやって動くのかじっと見てたけど、見てる間は動かない。

しばらくしてまた見ると、とうとうノートの一番端まで移動していた。外に出たいのかな?

どうやったら意思の疎通ができるだろう。ノートに書いてみる。

でもやっぱり返事はないから、ちぎって外に連れて行ってあげることにした。

外に出られてシミは喜んでるだろうか。もちろんさっぱり分からない。

しばらく歩いていると、久しぶりの友人とばったり出会った。僕たちは近くの喫茶店に行って何時間も話した。それから居酒屋に移動して、夜中までとても楽しい時間を過ごした。

すっかりいい気持ちで床についた翌朝、僕は青ざめた。

昨日着ていたシャツを夜中に洗濯してしまったのだ。シミの紙片をポケットに入れたまま!

大急ぎでポケットを探ると、くしゃくしゃに丸まった紙が出てきた。

それを開くと、シミはすっかり消えて無くなっていた。

なぜだかとても残念なような、罪悪感のような、悲しい気持ちで胸がいっぱいになった。

その日から三日三晩、まるで僕の気持ちを表すかのように雨が降り続いた。

三日後にようやく雨が止むと、空にはこれまで見たことのないほど大きな虹がかかった。

その虹の、ちょうどてっぺんあたりで、無数の小さな黒いものがどこからともなく集まって雲のように大きくなり、遊んでいる様子が見えた。

あいつだ。

カエサザル進藤(カエサザルしんどう)

カタカナ+苗字っていうペンネームをみんな持ってて、ちょっとうらやましくなりました。だけどみんなの漢字部分は、苗字じゃなくて駅名だったことに気がつきました。そしてカタカナ部分は食品名でした。気がついたんだけど、この名前が気に入ってしまったので、そのまま使ってみることにしました。


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