胡桃堂喫茶店

特集・卯月篇[令和七年]

そのようなもの

きときと

長女を産む前、ずっと鼻詰まりだった。
ずっとというのは正確ではなくて、鼻詰まりを問題視することがないほど、私は忙しく働いていて、ずっと鼻詰まりであったかも分からない。

 

長女を出産する時、助産院に紹介されて耳鼻科に行った時の話である。

初めて会った耳鼻科の医院長は、
「何かいるよ?」と私の背後を指さした。

どうやら生き霊がついてきてしまったようだ。

「とっておこうね。」医院長はわけもなくその生き霊をとってくれた。

「水は大丈夫かな?家の水、ペットボトルに入れて持ってきて」

おや、また出会ってしまった。
私は時折このような日常とはちょっとちがう信じがたい事態に出会う。

私自体は、霊感が強いとか、特別スピリチュアルに詳しいとかいうことではない。
信じがたい事態とは、ブローチのような綺麗なトンボがカーディガンにたまたま付いていたとか、大好きな人と全く同じ本の同じページをたまたま読んでいたとか、偶然知った喫茶店でどうしても働きたいと思ってしまったとか、そんなことだ。

日常の地続きなんだけど、ちょっと信じがたい「そのようなもの」。

 

 

一週間後、私は言われた通りにペットボトルに水を汲んで持っていった。

「うん。この水は大丈夫。」
どうやら合格のようだ。

 

いったいいつから私は鼻詰まりだったのか、いつ治ったのか。医院長に会ったあと、長年連れ添った(であろう)鼻詰まりはすっかり解消していた。

 

 

言葉だけでは、説明しきれないちょっと信じがたいもの。

外から見れば、水が渦巻くこの地球。このこと自体信じがたい。
思えばすべて私たちは「そのようなもの」なのかもしれない。
この手で眠る幼い我が子も「そのようなもの」。

きときと

胡桃堂喫茶店で働きながら、学校で授業をしたり、自宅で子供や大人の話を聞いたりしている。ここ最近は「文体」という言葉を探究している。