胡桃堂喫茶店

特集・卯月篇[令和七年]

齋藤るる

私は、それまで、何かを見て「美しい」と感じたことがなかった。

たとえば小学校中学年の遠足で、山間の紅葉を指差して「わあ、綺麗」などと言っている友人を見ると、「本当にそう思っているのかなあ。お母さんの言うことの真似してるんじゃないかなあ?」などと思ったりしていた。

それは小学校中学年の頃のある日。

自宅で一人でいると、雨が上がり、空が明るくなってきた。
南側の部屋から廊下の向こうに、隣の家との境の木製の塀が見える。
塀は横長の板で出来ており、上側の板は狭く、下側の板は広い、二段で出来ていた。
雨の雫が上段の板を伝い、下側の板との隙間に差しかかった。
「あ、雫が板の間に入った」と思って見ていたところ、その雫が光に照らされて、光が放射状に線を放ってキラリと輝いた。
「!」
本当に美しかった。それは一瞬ではなく、幾秒か、私の心を満たすに充分なほど光り続けた。
私は美しさに驚き、更に「初めて美しいものを見た」と言葉で意識をした。
その時の「美しい」という感覚を言葉で表すならば、それは、大きな大きな祝福を得たような感覚。掬われた感覚。そして、照らされた雫と同じように私自身も輝きを放ったような感覚。
大きな感謝。

照らされた雫を見て、私が生まれて初めて「美しい」という感覚を持ったというお話です。

齋藤るる

西国分寺在住。好きなメニューはクルミドティーと赤米定食。優しい夫と、爬虫類好きな長女、アーティストを目指す次女との四人暮らし。困ったことを解決するのが好き。モットーは「愉快にたのしく努力する」。