胡桃堂喫茶店

特集・神無月篇[令和六年]コーヒーのお供

はじまり

エール963

「どうぞ。」

そう言って、あの人は淹れたての珈琲を置いた。私は軽く会釈する。豆から挽いて、ドリップされたものは初めてだった。
地学準備室に、香りが満ちる。カップを片手に校庭を眺める彼。春の穏やかな光。新緑。白衣。そして、手元に湯気たつ褐色。
記憶に刻印される。
胸苦しさと、苦みがともに。

歳を重ねて、不意に思い出す。家族の為に、自分の為に、珈琲を淹れながら。そっと、そっと、ひそやかに。

この苦みは、私のもの。
私だけのもの。

エール963

マメルリハ3歳オス。
好物は胡桃。
おおむね穏やかだが、お腹が空くと危険。