胡桃堂喫茶店

特集・皐月篇[令和七年]心がデカめに動いたとき

まなざし

moe

かわいいな
おおきくなれとまっすぐに
届いた言葉
わたしを前に



ベビーカーに乗せた赤子は
手をきゅっと握っては開き
目をきょろきょろとと動かし
時折ちいさな口をぽちょぽちょと動かしながら
ちんまりとおさまっている。

ほっぺたは赤く染まっている。
内側からぶわっとなにかを放出するような様である。

出ることはいいこと。
出せる力があるということ。
出し切ったらおしまい。

あらゆる症状において、その言葉は私のお守りとなっている。

自分に不調が起きた時も
身近な人が病に倒れた時も
こどものからだを通して見えるあらゆる事象も。

派手に湿疹が出ていた。
ぷっくらとしたほっぺたに
突き出たおでこに
やわらかな腕に
少しずつそれは
からだの上から下の方へと広がっていった。

かゆがったら一緒にかき
我慢しないでいいからね
全部出しちゃおうねと声をかけながら
眠れぬ夜は何度もあった。

どんなに可愛いこどもでも
知らないおとなの言葉によって
これっぽっちも思っていないレッテルを貼られることがある。

”かわいそうな子”

果たして本当にそうだろうか。
決して違うと思う。
断固としてそうではないと、からだまるごとで信じていた。

目の前にいる子から
生きる力を
伸びようとする様を
まざまざと見せてもらっていた。

大丈夫。
生きてく力、ちゃんとある。
出せる力も、しっかりとある。

そう思っていても
心がペシャンコに折れそうな日もあった。

泣きながら
信頼できるおばあちゃん先生に
深夜のLINEを送った日もあった。

ある、気持ちのいい風が吹く日
信号の赤で止まった。

わたしはベビーカーの中の子が
暑くないか寒くないか
喉は渇いていないか
おむつは濡れていないか
気にかけながら歩いていた。

信号機を前に
隣に来たその人は
顔いっぱいに広がる笑みで赤子を見つめていた。

こんにちは、と会釈をする。

信号が青になる。

すれ違いざま彼は
わたしたちにはっきりと言葉を放った。

「かわいいな!おおきくなれ!」

 

びっくりした。

気づけば涙がにじんでいた。

これまで浴びてきたあらゆる言葉
小さな棘のように刺さっていたものが
一瞬にして吹きとばされた瞬間だった。

moe

いな暮らし店長
喫茶と本屋「羅針盤ブックス」店主
3歳の子の母


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