胡桃堂喫茶店

特集・皐月篇[令和七年]心がデカめに動いたとき

橋の向こうに

きときと

森の中がパっと明るくなったと思ったら
はげしい地響きがしました。

おなかにズドンと衝撃が来るほどの地響きです。

「雷?」「何?」

それぞれの家から心配した動物たちが出てきました。

ウサギの親子は心配そうに空を見上げました。
「これはどこかに落ちな」
バッファローのお父さんが言います。

「煙が上がっている!」

キツネの子が叫びます。

「それは大変だ。アライグマの家だ」
「早くいかなきゃ!」
みんなは賛成して向いました。

急いで煙の方に向かうともう煙は見えませんでした。

 

アライグマの家につくと焼けた家が見えました。
みんな声がかけられません。

アライグマの家族はというと、アライグマ夫婦、まだ幼い子グマも無事です。
ただ、おじいさんの姿がありません。

 

アライグマ夫婦も子クマも何も言いません。
でもおじいさんの姿がないことだけは確かでした。

 

しばらくして、
アライグマ夫婦は、焼けた家のあとではなく、橋の向こうに家を作りました。

アライグマ夫婦は一層一生懸命に働きました。
日ごろからまじめな夫婦でしたから、みんなは一緒に働けることを喜びました。

子グマは言葉を話さなくなりました。
もともと気の弱い、おとなしい子グマでしたが、本当に全く声を出さないのです。

「いいよ」の時はコクンひとつうなづきます。「いやだよ」のときは反応しません。
アライグマ夫婦は一生懸命働いていますし、子グマも話さないだけで、問題はありません。

 

しかし、森の色は変わってしまいました。暗くてとってもさみしいのです。

森の生き物は会議を開きました。

「きめたこと」
毎日、誰かがアライグマの家に一人で行くこと。
その時には、自分の一番得意な物をもっていくこと。

一日目は、キツネです。
キツネはけん玉が得意です。
アライグマの家に行って、けん玉を披露しました。
アライグマのお母さんが小さく拍手をしてくれました。

二日目は、スズメが行きました。
スズメは歌うことが得意です。
子グマの顔が少し上を向きました。

三日目は、タンポポです。
タンポポは綿毛で、お母さんの耳飾りを作りました。

こうやって毎日毎日、アライグマのところへ、橋の向こうの家へ一人ずつ通い続けました。

15日経った時、お父さんの仕事をしている手が止まりました。

25日経った時、洗い物をしていたお母さんの目から涙がこぼれました。

アライグマの夫婦は、そこから毎日毎日泣くようになりました。
泣いて泣いて、ただ泣いて、3日泣いたところで、子グマが言いました。

「今日は誰が来てくれるかな?」

お父さんもお母さんもびっくりして、子グマを抱えました。
「そうだね、今日は誰がきてくれるかな」
「明日は私たちがみんなのところへ行こう」

お父さんの提案に子グマは賛成しました。

 

森の色が変わりました。
色が変わったので、みんなはアライグマの子がしゃべったことを知りました。

アライグマ一家は明日にはきっと橋を渡って、みんなに会いに来てくれるでしょう。
会いに来なくったって、誰か一人が行くからいいんです。

いつになったって、ここに来てくれたらいいんです。

おしまい

きときと

胡桃堂喫茶店で働きながら、学校で授業をしたり、自宅で子供や大人の話を聞いたりしている。ここ最近は「文体」という言葉を探究している。


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