27歳の冬、アパート近くを歩いていたら、銭湯でよく会う知人の女性に会いました。知人は持っていた手提げの中から一枚の案内を取り出しました。「今度、アルゼンチンからアマチュアの歌手を呼んでコンサートをひらくの。よかったらいらしてね。」
手作りの案内には「アリシア 愛と平和を歌う」と書かれていました。
コンサートの日、私はひとりで出かけていきました。
アリシア・ロンバルディ。
アルゼンチンのアマチュアの歌手です。
ギターを抱え、「愛と平和」を歌いに来ました。
タンゴ、カンシオン、フォルクローレ、サンバ、、。
アリシアは言いました。アリシアの声はアルゼンチンが語る声そのものであり、身体はアルゼンチンの地形を表している。楽器をかなでる手は空高く飛び立つ鳩であることを願い、笑いは豊かな森林、山々や平原であり、涙はアルゼンチンの岸べを洗う大海の水だ、と。
アリシアの言葉も歌も美しく、私の細胞が揺れて動きました。止まっていたもの、セーブしていたものが無意識のうちに全部出て来たのか、何が起きているのかわかりませんでした。
アリシアは言いました。
「息を吸うことができます。
考えることができます。
考えたことを表現することができます。」
私は大きく大きく揺らされ、いつもの自分の枠組みからはみ出してしまいました。
コンサートが終わり、アリシアを囲んで打ち上げパーティーが開かれました。
食事をいただいたあと、アリシアはボンゴを取り出しました。
「ポジェリタ」という歌を歌うと言います。
「ポジェリタ」というのは南米の原住民の女性たちが履く、踊るとふわりと広がるスカートです。
アリシアは私の目の前にいます。
アリシアのボンゴの拍動と、マイクを通さない歌声。私の中に描かれる原住民の女性たちの軽やかな踊りと鮮やかな色のスカートたち。
座っていられているのかもわからないくらい、私は泣き崩れました。
歌ったあとにアリシアが私を抱き支えたのを覚えています。
この時が私の人生の出発の時でした。
アリシアは、本当に、アルゼンチンの大地と地形、歴史と祖先や人々の心、鳥や風と共に私の前に居たのです。
そして、一つ一つのいのちは尊く、わたしは息を吸うことができ、考えることができ、考えたことを表現することができるのだとアリシアはわたしに気づかせてくれたのです。
「愛」と「平和」は外にあるものではなく、わたしの中にあるのです。
わたしの立つ、その中にあるのです。
アリシアがアルゼンチンに帰国後、わたしがアリシアに出した手紙に、アリシアから返事が届きました。
「あなたの美しい言葉、あなたの気持ちありがとう。そしてあなたが存在していること、そしてあなたのまわりに起こる全てのことにこんなにも豊かに感じる感性の持ち主であることを知ったことにありがとう! 」
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アリシア・ロンバルディ。
「愛と平和を歌う」。