深い森の中に、一軒のかわいらしい小屋がありました。小屋の看板には「おはなし屋」と書かれています。ここは、森のふくろうが古くから続けてきた「おはなし屋さん」なのです。「おはなし屋」っていったい何?まあ、みてみましょう。
カランカランとお店のベルが鳴りました。今日のお客さんは、カワセミです。
「やあ、フクロウさん。今日はこれを売りに来たよ」
カワセミはカバンからごそごそと紙を取り出し、フクロウに渡しました。
「ここのところ毎日私を見に来る男の子がいてね、私をじーっと見つめるんだ。あんなに小さい子なのに、じーっとね。あれは研究者の目だな。そんなことを書いたよ。」
「忘れてしまっていいのかい?」
「あぁ、毎日来るからね。あの研究者の目に出会った時の感動をまた味わいたいんだよ。」
「なるほど。じゃあいただこう」
フクロウはカワセミから紙に書かれた「おはなし」を受け取ると、壁の展示品の中央に並べました。「最新のおはなし」のところにね。題名は「小さき研究者の目」
「これは売れるかもしれないね。また次回作を楽しみにしているよ。」
フクロウから代金を受け取って、カワセミは帰っていきました。
ここは、自分のお話を売ることができるお店です。お話を売るとその記憶は、売った人の頭から消えてなくなります。その代わり、買ってくれた人の頭の中の記憶になるのです。
カランカラン、またベルが鳴りました。
「なんだかとっても悲しい気分なんだよ。なにかつらいお話はないかい?」
クマがやってきました。
「悲しいのにつらいお話なのかい?」
フクロウが聞きますと
「つらいお話を読んで、もっともっと地の底まで落ちてみたいんだ。底に触ったら上がってくるしかないからね。」
フクロウはちょっと心配そうです。
「じゃあ、これはどうかな、最近人気なんだよ。」
フクロウは棚の一番右側にあった「孤独」を持ってきました。
風さんが書いた最新のエッセイです。風さんはたくさんの孤独を集めて、こうしておはなし屋に持ってきてくれます。
クマは「孤独」を買いました。
「ぜったい一人で読んではならんよ」
フクロウの忠告付きです。
「分かったよ、アヒルのおばさんのところで今日は読むつもりだよ」
大丈夫です。クマは、読み終わるとすぐに「孤独」売りに来ます。さみしがり屋のクマはずっと「孤独」の記憶なんてもっていられないのです。明日には、いや、午後にはもうお店にやってくるはずです。
「さぁ、今日も始めようか」
クマが帰ったところで、フクロウは今日の作業にかかります。みんなから売ってもらった「おはなし」は二週間たったところで、この世界のエネルギーに変換されます。そのために「へんかんき」に入れて、ガラガラポン!としなくてはなりません。「へんかんき」は洗濯機みたいに「おはなし」をぐるんぐるんと回してシャボン玉にします。シャボン玉になったら、空へ離します。空高く飛んだシャボン玉は、雨になったり、太陽になったり、朝霧になったり、泉になったりして、世界のエネルギーとして降り注ぎます。おいしい野菜だってこのエネルギーがなければ育たないのです。フクロウはこの「おはなし屋」の仕事が好きでしたし、とても誇り高い仕事だと思っていました。
しかし、事件は起こりました。なんと、いつものように「へんかんき」を動かして、シャボン玉を作っていたら、シャボン玉の中に一人の女の子が残っているのです。8歳くらいでしょうか。シャボン玉のなかですっかり寝てしまっています。いつものシャボン玉はしっかり透明になっていますから、大変な事件です。
「やや!どうしたもんか。」フクロウはすぐに「へんかんき」の停止ボタンをおしましたが、女の子の入ったシャボン玉はどんどん高く昇っていってしまいます。
「ああ、これは、大変なことになった。」フクロウはすっかり慌てましたが、すぐにどの「おはなし」の女の子なのか思い出しました。あれはたしか、「人形劇」の女の子だ。森に人形劇団がやってきたとき、音楽に乗ってくるくると踊っていた。どうしてこんなことになってしまったのか??
シャボン玉は高く高く昇り、見えなくなってしまいました。フクロウはうなだれました。これまでこんな失敗はしたことがないのです。
しばらくすると、カランカランとまたお客さんがやってきました。あのクマです。
「やあ、クマくん。孤独を返しに来たんだね。そこへ置いておいておくれ。今それどこじゃないんだよ」
「聞いてくれよ、フクロウさん。孤独を読もうとしたら、空から女の子がやってきたんだ。女の子は、僕の姿をみたら急に踊り出したのさ。その姿はね、なんというか世界が僕を祝福してくれているようだったよ。フクロウさんはこんなに美しいものに出会ったことがあるかい?」
「女の子とは??まさか?!それでどこへ行ったんだい?」
「分からない。気づいたらふっと消えしまっていたんだ。」
女の子は消えてしまったのです。まあそれはそれでいいでしょう。おはなしの中の女の子なのですから。こんなことがあるんですね。それは偶然といってはなんだか軽い、必然のようなもの。クマはすっかり元気になっていました。
フクロウはまた、森の中で「へんかんき」を回しています。次は何がシャボン玉にのって飛んでいくのでしょう。もしかしたら、乗り継がれた車かもしれないし、愛情押し付け弁当かも、あたたかいお味噌汁かもしれません。あなたのところへもきっと届くはずです。必然のシャボン玉が。