胡桃堂喫茶店

特集・水無月篇[令和七年]ファンタジー

生活の知恵

寅次郎

ファンタジーには目の前の光景を、感情をぐるっと一変させる力があると私は思う。
日常をいかにして楽しみ、快いものに変えるか。まさに、工夫の見せどころ。ファンタジーとは、生活の知恵のようなものではないか。

たとえば、これは私が夏場に経験した出来ごと。
その日は猛暑日で、日差しと蒸気で逃げ場のない蒸し暑さに日本中が襲われていた。
駅への一本道、アスファルトにはあまりの暑さに蜃気楼が生まれる始末だった。
「なんで、こんなに途方もなく暑いのだ…」
この暑さの逃げ場を作れるのは、そう、ファンタジーしかない。
そこから、荒唐無稽だがこんな世界を思い浮かべ、逃避行を試みた。
蜃気楼、ないし空気中の水蒸気が徐々に人型となる。やがて現れたのは世界的ポップスター、あのマイケル・ジャクソンだ。眼前で世界最高のショーが始まり、歓声が聞こえてくる。
音楽はそうだな、彼の楽曲も良いが、日本の夏を彩るアーティスト・山下達郎の「LOVELAND,ISLAND」なんてどうだろう。
日本を代表するシティーポップとの夢の共演。ほとばしる汗と熱気、煌めくギターサウンド。ボルテージが高まり、思わず息を呑む。
自然が生み出す何とも涼やかで高揚するライブ、手元には完熟マンゴーのカクテルなどあれば、もう申し分ない。ほのかに薫るミント。芳醇な旨みが口内に至福をもたらす。ゴクリ。喉をつたい、よく冷えた甘美な液体が全身を駆け巡る。細胞は歓喜する。
断言できる。
「いま、私は世界で最も贅沢な光景を見ているのだ」と。

こうした体験を聞くと「子供っぽい」と感じる方がいるかもしれない。
いや、それで良いのだ、むしろそれが良いのだと私は思う。
子供こそファンタジーの達人であり、誰しもがそうだったはずなのだ。
時には開き直って子供に立ち返り、ただ無心に世界を楽しむことで、忘れかけたものを拾いに行けるかもしれない。
日々の暮らしを豊かにするヒントが、ファンタジーには隠されている。

寅次郎

東京在住。趣味は音楽・映画鑑賞・読書・お抹茶を点てること・お茶を淹れること・絵を描くこと。


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